写真:Jaszái Mari tér のカフェに行った
春休み週の中盤、以前お誘いを受けていたキルギスガールと朝からカフェに行った。
彼女はコルヴィヌス大学に入学する以前は、英語教師で社会人経験組だ。
学部はメディアサイエンスで1年生の時は必修講義が被っており、そこで仲良くなった。
彼女の同学部のベストフレンドは日本人の女の子で、彼女はちょうど先学期で卒業してしまったので、おしゃべりできなくなって残念がっていた。
カフェからはマルギット島(ドナウ川に浮かぶ島)がすぐだったので、カフェの後にはマルギット島をお散歩した。
写真:緑が豊かになり始めたところだ(マルギット島)
ちょっとびっくりだったのが、お互いマルギット島に来たのは初めてだったことだ。
私は年を重ねたおかげで、欧州に来たからといって、いっぱい色んなところ行かなきゃ!みたいな強迫観念に近い思いは全くない。
何かちょっとしたきっかけ、友達が住んでいるから会いに行く、などがないと重い腰は上がらない。
すると、彼女も似たような考えだったのが面白かった。
帰りはトラムにも乗らず、彼女の家の近くまで散歩を続けた。彼女の旦那さんの話題から、男女の考え方の違いについておしゃべりして、楽しんだ。
ちなみに彼女は英語が堪能だが、一番強い言語はロシア語だという。
母国語のキルギス語より、ロシア語の方が強い。(ロシア語で教育を受けている)
そしてトルコ語までしゃべってしまうから驚きだ。
彼女の話はいつも面白いのだが、この日一番興味を引いたのが、ロシア語に関するものだ。
in Kyrgyzstan(キルギスタンで)ということをロシア語で表現するとき、
в Кыргызстане(ヴ・キルギズスターニェ)と「ヴ」という音が国名の前に置かれる一方、
in Ukraine(ウクライナで)ということを表現するときは、
на Украине(ナ・ウクライーニェ)と「ナ」という音が国名の前に置かれる。
この「ナ」は英語の「on」に近く、
on Ukraine
と表現されているようなものである。
つまりこの違いがどういうことを意味するかというと、歴史上、ロシア人はウクライナを国家として見ていないのだ。(ロシアの地方の1つと見られてる)
言語は歴史と共に長い時間をかけて形成されてくるものなので、言語にこういったロシア人の信条がそのまま表れていることは非常に興味深かった。
ちなみにこれまでプーチンも繰り返し、ウクライナは主権国家ではないと言ってきている。
スラブ人の集まりへ
この日は予定が積み重なっており、キルギスガールと別れたあと、そのままウクラニアボーイとロシアンボーイの家へ突入した。
マルタ旅行のお土産と、ロシア料理を披露したいということで、家へ招かれていたのだ。
またロシアンボーイは前日が誕生日で、二十歳になったお祝いということもある。
マルタのお土産は良くあるお土産用のマグネットだったのだが、「これも君のだ」と渡されたのはウクライナのブランデー。
「小生、ブランデーなんか飲んだことないんですが。。。」
と思ったが、見るからに強いお酒で、飲める自信がまったくない。
誕生日のロシアンボーイが、ロシアの典型的なランチだという、豚肉、じゃがいも、ネギなどを炒めた料理をふるまってくれた。
しばらくごろごろした豚肉を食べていなかったこともあり、とっても美味しかった。
いつものことだが、食前には必ず強いお酒をショットグラスで一気飲みする。
なんだか、オレンジ色を基調としたボトルだったが、ひとつは33%、もうひとつは57%だ。
味もオレンジだったので、思ったより飲みやすかったが、強いことには変わりない。
写真:一番左は頂いたウクライナのブランデー
食事後はトランプで遊んだのだが、ロシアでポピュラーなカードゲームをしたが、ルールが複雑で、最後までどこに醍醐味があるかしっくりこないままだった。
代わりに、「日本のトランプゲームを教えてくれよ」と言われ、大富豪(私の地域ではこの呼び名)のルールを説明し、みんなで遊んだ。
英語でなんて言っていいからわからなかったので、とりあえず「The richest man」と名付けておいた。
まさかこの歳でハンガリーで大富豪をやることになるとは。
しかし、ルールの中に「革命」や、大富豪とド貧民の間で強制的にカードのやり取りがあるところにユニークさを感じたようで、かなりハマったようだった。(私はこれを税と呼んだ)
ウクライナボーイは「まさに社会で起こってることと同じだ」と言って気に入ってくれた。
その後、遅れてアルメニアンボーイが会に加わり、ゲームを続けた。
彼は私と同じ学部なので、お互い良く顔は知った仲だが、この日まともにしゃべった。
お互い「やっと話せたね」という感じだった。
講義中のプレゼンなどで、彼は東アジアにとても傾倒していることを知っていたので、この日ついに「アルメニア人がなんで東アジアに興味を?」と聞くことができた。
どうも小さいころ父が中国映画を良く見せてくれて、中国映画にハマったのが始まりで、その後、日本のアニメにもハマリ、あまりに自文化と違う東アジア文化全体にのめり込んでいったそうだ。
私も中国映画が大好きだったので、彼にお気に入りをひとつ上げてもらった。
「紅夢(1991年)」である。
監督はなんと初恋のきた道でも有名な、チャン・イーモウ。
これはもう春休み中に見るしかない。
コルヴィヌス大学受験終了の日本人
この日は19:00からは、コルヴィヌス大学の入試を終えたお祝い的な感じで、日本人と会う予定だった。
大富豪に夢中になっている最中、自分の腕時計がサマータイム前のままであったことに気づき、スマホの時計を見ると既に18:45。
「やべっ」と、ウクライニアン、ロシアン、アルメニアンに別れを告げ、即待ち合わせ場所へ向かった。
写真:Deák Ferenc tér のパブ
彼はプレパラトリーコースに在籍しており、Stipendium Hungaricum のハンガリー政府奨学金制度を通して、コルヴィヌス大学へ出願した。
テストも無事に終え、本人の手ごたえを聞く限りは大丈夫そうだ。
あとは、入試の結果、奨学金の認可結果を、恐らく6月終わりまで待つことになる。
パブでは会話も弾み、なかなかの長い時間を過ごした。
しかし、既にどぎつい酒を消費してきていたので、このパブでビールを飲んだことで、とても酔っぱらってしまった。
また、私はブダペストの公共交通機関は24時間営業だと思っていたのだが、どうも一部のバスだけで、ほとんどは夜中は動かない。
なので、間一髪動いていたトラムへ飛び乗り、とりあえず大学を目指した。
しかし、なぜか降りるのを忘れて、ドナウ川まで渡ってしまった。
写真:自由橋を徒歩で渡るハメに
徒歩で自由橋を渡り、私は寮へ戻ったが、辺境の寮に住んでいる他2人は結局タクシーを呼んで帰路についた。
翌朝、私は当然二日酔いで、貴重な一日をだらだらと過ごしてしまった。


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