2025/11/18

欧州統合 1980年代と英国

 動画:サッチャー首相の金返せ記者会見


第9週の講義とセミナーが終わった。

残り3週で、あと1回小テストを合格する必要がある。セミナーの小テスト現状は以下。


第1週:初週のためテストなし

第2週:合格 (3/5 点 - Kahoot! による選択問題)

第3週:不合格 (2/5 点 - Kahoot! による選択問題)

第4週:合格 (記述・用紙は未返却)

第5週:不合格 (記述・用紙は未返却)

第6週:合格 (4/5 点 - Kahoot! による選択問題)

第7週:合格 (4/5点 - Kahoot! による選択問題) 

第8週:不合格(記述)←結果未受領、現時点の予想

第9週:合格 (4/5点 - Kahoot! による選択問題) ← 今回


合格できてほっとした。

以下、そのテスト範囲だった第8週の講義・セミナー内容まとめ。




マーガレット・サッチャー


サッチャー(Margaret Thatcher)は、1979~90年の11年間、英国首相を務めた。

冒頭の会見は1979年のものだが、英国EC予算への拠出額に対して、受益額が低すぎるとぶーぶー文句を言っているものだ。(BBQ:British Budgetary Questionと言われる)


サッチャーの経済政策は、

・Deregulation(規制緩和)

・Flexible labour market(労働市場の柔軟化)

・Privatisation(民営化)

・Trade unions(労働組合の制約)

というもので、小さな政府、自由市場主義であった。


記者会見では、拠出額10億ポンドに対してその半分しか受益できていないので、不足分を返してくれというものだ。


これは、CAPCommon Agricultural Policy:共通農業政策)という、英国がECに加盟する前からある制度的構造によるものが主因で、EC予算の70~80%がCAP関連のため、農業のGDPに占める割合が小さい英国にとっては、非常に不利な構造だった。(オリジナルメンバーの西独にとっても)

農業のGDP比の高い仏や伊は比較的、拠出に対して十分な受益があり、GDP比の非常に高いアイルランドは最大の受益国となっていた。


1984年6月の Conclusions of the Fontainebleau European Council(フォンテーヌブロー欧州理事会)で、英国に対して、

1984年:10億ECU(European Currency Unit)の一括是正

1985年以降:純拠出額(拠出額 - 受益額)の66%を翌年度の英国のVAT拠出から控除

 ※ VATValue Added Tax:付加価値税)、EC予算財源の大半を占める


その控除分は他加盟国が財源を負担西独の負担は2/3に軽減という考慮があったが、そもそも西独からしたら、英国だけこんなのずるいだろう。


この英国リベートは1985年以降恒久化され、EU離脱まで続く。

英国は、大陸の欧州各国とは我々は違う、という意識が非常に強いようで、また、外交方針も違うので、仏・独と度々ぶつかる。

欧州統合のスタートから1980年代まで学び、2020年の英国EU離脱は特に驚くことでも何でもないということが良くわかった。


英国のGDPはサッチャー政権下で1982年から上がり始め(ポンド安・輸出増、フォークランド戦争による政府支出増)、1988年までは成長期(規制緩和、民営化、労働市場改革)、1990年にかけ減速(インフレ抑制、金融引き締め)。


Poll tax(住民頭税)を導入し、国民から猛反発、サッチャーの強硬な改革姿勢は保守党内でも孤立し、党首選で再選できず、辞任。




1980年代の首脳


1979年 イラン革命

     第2次オイルショック

     中越戦争

     ソ連アフガン侵攻

1979-81年 イラン米大使館人質事件

1980・84年 五輪ボイコット

1983年 大韓航空撃墜事件

1980-88年 イラン・イラク戦争


米国

1977-81年 Jimmy Carter

 → 1978年 Camp David Accords(エジプト・イスラエルの和平交渉)

 → 1979年 米中国交正常化

1981-89年 Ronald Reagan

 → 1983年 Star wars(SDI構想:Strategic Defense Initiative

※ ソ連を悪の国と呼んだが、最終的にはソ連と会談のテーブルに着いた


英国

1979-90年 Margaret Thatcher


仏国

1981-95年 Francois Mitterrand 公共投資にフォーカス


独国

1982-98年 Helmut Kohl 独マルクの安定、東西独統一





Institutional questions


フランス大統領、ヴァレリー・ジスカール・デスタン(Valéry Giscard d'Estaing)の提案で欧州首脳理事会(Committee)が発足(1978年)。

Three Wise Men:

・Barend Biesheuvel(オランダ、元首相) 

・Edmund Dell(イギリス、元貿易相) 

・Robert Marjolin(フランス、元欧州委員会副委員長/OEEC 経済関係者)

※ 委員会の権限の拡大、QMV(Qualified Majority Voting)の活用強化、ECの超国家性強化



Commission(委員会):Roy Jenkins EC president (1977-81)

仏・独・伊:各2名

ベネルクス:各1名

  +

英2名、デンマーク・アイルランド各1名


Jenkins(委員会) vs. Giscard(理事会)

Jenkinsは欧州委員会の政治的役割強化、Giscardは理事会(国家主権側)中心の改革



Council(理事会)

6か月ごとは短い、no direction、no pressure


Enlargement(拡大)

加盟国の増加(ギリシャ、スペイン、ポルトガル:翌週に詳しく)


1977年5月 G7+EC ロンドンサミット

 → 地域共同体ではなく、国際経済の重要なアクターとして認められるステップの一つ



1966年の Luxembourg compromise(ルクセンブルク妥協)は、重大国益のある場合、加盟国は拒否権的立場を持てる、という政治慣習だったが、意思決定の遅延(全会一致のため)、となっていた。

QMV(Qualified Majority Voting)の強化




欧州議会


予算修正権の拡大

1973年 議員数(MEPs)143人から198人へ

1979年6月7–10日に、史上初めて 全加盟国で直接選挙 が実施

議員数(MEPs):約 410名(当時の9加盟国ベース)

主要政党グループ:

・欧州人民党(EPP)系

・社会党系(Socialists / S&D)

・自由民主・中道派

・共産・左派系


議長:Simone Veil(フランス)

初の直接選挙後の議長





1980s


European Commission

委員長:Gaston Thorn(1981-85)

・国債政治と世界経済の変化

 → ECの競争力(伝統的産業形態、テック分野が遅れを取る

 → 伝統産業(鉄鋼や石炭)国際競争力⤵、就業率⤵、生産性⤴、非効率な鉱山は閉鎖


1980年 10月 Manifest Crisis(明白な危機)

欧州石炭・鉄鋼共同体(ECSC)の条約において、第58条に「manifest crisis(明白な危機)」という概念。 

単なる経済不振ではなく、共同体全体にとって深刻な過剰生産・失業・需給崩壊などが起きていると判断される場合に、特別な措置を取る根拠。


Commissioner Davignon:

鋼鉄業各社に生産割当(生産量クォータ)を義務付ける制度を導入

鉄鋼産業の能力⤵、業界の労働者数⤵、生産性⤴



Cassis de Dijon(カシス・ド・ディジョン)

欧州共同体(EC)の 1979年の司法裁判所(ECJ)の判例で、製品自由流通の原則(Mutual Recognition principle)に関する重要な先例

Four Freedoms:

Goods、Services、Capital、Personsの流通・移動の自由


フランスのリキュール「Cassis de Dijon」

問題:

ドイツの規制では、果実リキュールのアルコール度数が25%未満だと販売不可

フランスではこのリキュールは20%程度

ドイツの当局は、ドイツ国内販売を禁止


加盟国で合法的に製造・販売されている商品は、他の加盟国でも原則として販売できる



Genscher–Colombo Declaration(ゲンシャー–コロンボ宣言)

Nonbinding European Act

QMV

More power to Parliament

EPC (security and defence questions)


Stuttgart 1983: Solemn Declaration(シュトゥットガルト 1983 年・厳粛宣言)

欧州共同体(EC)が 加盟国間の政治的意思統一と将来の統合目標を確認した政治宣言




Crocodile & Kangaroo Groups


クロコダイルグループ(1980年)

イタリアの政治家 アルティエロ・スピネッリ(Altiero Spinelli) を中心に、同名のレストランで結成されたグループ。

欧州連邦化(European Federation) を強く推進。

欧州議会が1984年に採択したスピネッリ草案(Draft Treaty of European Union)で、後の EU 体制(マーストリヒト条約)につながる。

欧州議会議員中心


カンガルーグループ(1979年)

超党派・非営利のロビー的ネットワーク。

主な目的は欧州の自由な移動(goods・people・services の自由化)の促進。

経済統合、EU単一市場の発展、貿易、競争政策などが主なテーマ

欧州議会議員・企業・専門家


カンガルーは現在も活動、クロコダイルはスピネッリ(Spinelli Group)として2010年から活動継続。




以上、第8週の講義スライド、講義メモ、生徒のプレゼンスライド、ChatGPTによる補足情報によるまとめ終わり。


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