写真:ハンガリーの缶コーヒーはとても甘い
毎週水曜の「文明の歴史」講義のトピックが中国で、秋休み前の講義が講師の都合で延期になった振替クラスが、金曜の朝イチに、その中国の続きが2コマ入った。
加えて、中国研究、中国語の授業を取っているので、今週は中国ずくしだった。
月曜:中国語1コマ
火曜:中国研究1コマ
水曜:中国文明2コマ、中国語1コマ
金曜:中国文明2コマ
どんだけ中国好きなんだ。我喜欢中国って感じ。
以下、5~6週の講義内容のまとめ。
鄧小平時代(The Deng Era)
The Reform and Opening-Up(改革開放政策)
Deng Xiaoping (鄧小平)、第2世代共産党指導者の台頭と功績:
・1979年からの社会・経済変革
・冷戦終結と天安門事件(Tiananmen incident)
・鄧小平の外交
1977年 Boluan Fanzheng(Eliminating chaos and returning to normal)
→ 文化大革命の失敗を清算し、正常な状態へ戻す
1978年 The Reform and Opening-Up(改革開放政策)
→ Socialism with Chinese characteristic
※ 開放政策前の中国経済はソ連型CAD方式に従う(Comparative Advantage-Defying:比較優位に逆らう)
→ 国家の強みを無視し、重工業に集中、強制的な工業化を推し進めた
→ しかし、中国は資本の欠けた貧しい、農業国
中国の強みとは?
・低賃金かつ教育水準のある労働力
※ 教育水準とは、識字率の高かったこと、基礎教育が全国一律だったこと
→ labour intensive sector(労働集約型産業):織物産業など、機械より労働者が多く必要な産業が強み
1978年 経済政策を、中央計画式から発展途上国式へ変更
→ その後30年、年間 GDP 成長率は平均で9.5%となった
The Four Modernisation(四現代化)
・農業、工業、国防、科学技術を近代化政策の重点分野に
開放政策の2段階
1978 - 1984
Decollectivisation(集団化の解体)
→ Household Responsibility System(過程連産承包責任制)
※ 集団所有・共同作業から個人や家族単位の所有・生産に戻したことによりインセンティブが生まれ、生産性が急上昇
Dual Price System(二重価格制)
→ 計画内の生産分は国家価格、超過分は市場価格で販売可能
→ 余剰生産を市場で処理できる、生産インセンティブの発生
Industrial Responsibility System(工業責任制)
→ 企業に自主権を付与
Open Door Policy(開放政策)
→ 外国直接投資受入れ(FDI)、経済特区設置(SEZs)、貿易自由化
※ SEZsは沿岸部の地域、海外貿易の9割以上は船便のため → 莫大なFDI流入
1984 - 1993
Gradual Liberalisation(斬新的自由化)
→ 社会主義計画経済から市場経済要素の導入
Dismantiling of the state sector(国営部門の縮小)
Decentralisation(地方分権化)
価格制御の緩和、腐敗の拡大とインフレ、上海為替市場を再開放
※ 私有財産が認められた SEZs でうまくいったものを地方レベルから取り入れ試行錯誤
→ 斬新的アプローチ
1993 - 2005 3段階目
天安門事件のあとに鄧小平は南方視察
Mass Privatisation(大規模民営化)
WTO加盟申請、関税引き下げ
生産性強化、解雇・倒産(共産主義では発生しない)
中国の戸籍制度、Hukou System は農村戸籍(rural hukou)と都市戸籍(urban hukou)があり、生まれで決まる。
大量の農民工(rural migrant workers)が出現し、農村部から都市部への人口の移動が発生
そのため、
・農村部の子どもは祖父母に育てられた(両親は東方へ出稼ぎで年に2回帰省)
・2.5億人が年2回、行ったり来たりした
※ 1980年から2010年までに貧困は減少したが、格差(ジニ係数)は悪化(都市 vs 農村)
→ 地域別で見ると、東海岸線の地域に富が偏る
天安門事件(1989)
Hu Yaobang(胡耀邦):1982 - 1987 党中央委員会総書記(General Secretary)
→ 1989年4月に急死すると、弔意が民衆・学生運動へと発展
インフレ、希望の無さ、腐敗、言論や出版の自由の欠如などへの不満が相まって、天安門広場に民衆・学生が集まる
5月20日 戒厳令(martial law)が布告され、都市部出身者ではない30万の軍人が配備される(広場の民衆と立場の違う者であることが重要)
6月3~4日 広場からの暴力的排除
天安門事件は中国国内ではいまだに教えられない、検索もできない
正確な死者数は未だに不明
鄧小平の外交
中国語4文字x6センテンス、その24文字の中身は:
Observe calmly
Secure our position
Cope with affairs calmly
Hide our capacities and bide our time
be good at maintaining a low profile
never claim leadership
→ 中国は好ましくない輪の中に置かれていることを知っていた
※ グローバリゼーションには非常に興味があった
中国にとって良いことはソ連が崩壊したこと、代わりに良くないことは米国がそれで覇権を握ったこと
当時の米国はネオリベラリズムが大勢であり、中国を敵国としては見ていなかった。
中国を米国のようにできると見ていた。
以上、講義スライド、講義メモ、ChatGPTによる補足でまとめた。

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