先日のプレゼンの評定がその週末には既に出ていた。
28/30 点
まあある程度のハードルを越えていればみんなこの程度の点数を達成できる、という採点基準なのではないかと思われる。
なぜなら、質問コーナーで数ある講師の質問にはうまく答えられなかったから。
さて、今週のセミナー恒例の小テストは記述だった。
5問のうち2問は問われている用語そのものを知らなかったので、無回答。1問はある英単語が何を意味しているかあいまいだったため、あいまいなまま回答(間違いなく誤答)。
残り2問は完璧に回答したが、不合格なのは間違いない。
第1週:初週のためテストなし
第2週:合格 (3/5 点 - Kahoot! による選択問題)
第3週:不合格 (2/5 点 - Kahoot! による選択問題)
第4週:合格 (記述・用紙は未返却)
第5週:不合格 (記述・用紙は未返却)
第6週:合格 (4/5 点 - Kahoot! による選択問題)
第7週:合格 (4/5点 - Kahoot! による選択問題)
第8週:不合格(だろう)(記述)← 今回
いや~きっつい。
加盟国の経済不況と世界情勢
1960~1970年代の世界の主な出来事をさらっと箇条書きする。
1960年 U2撃墜事件
1961年 ケネディ政権開始
ガガーリン有人宇宙飛行
キューバ・ピッグス湾事件:米がキューバカストロ政権転覆を狙うが失敗
1962年 キューバ危機
1963年 部分的核実験停止条約(Partial Test Ban Treaty: PTBT)締結
1964年 中国最初の核実験
1967年 ソユーズ1号打ち上げ
1968年 プラハの春
NPT(核拡散防止条約)署名
1969年 アポロ11号月面着陸
米軍カンボジア爆撃開始
中ソ国境紛争
1970年 NPT発効(核拡散防止条約)
1971年 ニクソンショック:米ドルと金の交換停止
印パ戦争
1972年 ニクソン中国電撃訪問
SALT I(第一次戦略兵器制限交渉)締結:米ソ核ミサイル制限
アポロ計画終了(17号)
1973年 パリ平和協定:米がベトナムから撤兵開始
第1次オイルショック:初めて石油を武器として使う
1974年 ウォータゲート事件によりニクソン辞任(事件自体は1972年)
1975年 ベトナム戦争終結
ヘルシンキ宣言(欧州安全保障協力会議)
1979年 ソ連アフガン侵攻
という流れの中で、ベトナム戦争は米国の重い負担となっていた。1970年代はEC諸国(特に西独)は工業製品や農産物の貿易で米国と競合。それに日本の台頭も重なった。
エネルギー危機も相まって、米国は貿易赤字を拡大、軍事費も増大、米ドルの実質価値は下がり続け(devalue)、米ドルに対して金価格は上がり続けた。
Bretton Woods(ドル基軸・固定為替)体制は崩壊し、ニクソンショック(ドルと金の交換停止)となる。
変動為替相場制(floating exchange rate system)へ移行。
そのため、ドル危機・貿易赤字・インフレへの緊急対策として、
・金ドル交換停止(Ending dollar convertibility to gold)
・10%の輸入課徴金(supplementary levy) ※一時的に
・3か月間の賃金・物価凍結(Price and Wage Freeze)
・投資促進(investment's incentives)
→ ECは不況に。GDP⤵、インフレ⤴、失業率⤴。
※ GPD・インフレは1980年代初めまで、失業率は1980年代半ばにかけて更に悪化。
ダヴィニョン報告
1970年 Davignon Report(ダヴィニョン報告)
EC加盟各国は、経済統合を進める中で、対外的な外交・安全保障においても「より共通の立場」を持つ必要性を感じていた。
ECの制度的枠組み、国家政策の協調、ECの制度的枠組み外の解決策という3つの選択肢の中で、1つ目は超国家的な取り組みなので、仏は賛成寄り、英は反対。
2つ目も主権に関わってくる一方、3つ目はECの制度機構には全く触れない前提のため、これで進めることとなる。
主に、外交協力の最初のステップとして提案される。
報告書の目的:
・相互理解の促進:国際政治イベントでの情報交換、議論
・加盟国間連帯強化:外交に関しての共同声明など
報告書内で提案された機関は以下。
・外務大臣による会合(1回/半年、のちに2回/半年へ)
・政治委員会(4回/年)
・ワーキンググループ:専門的実務チーム、課題の分析・提言
・欧州特派員(European correspondents):事前調整役、常設窓口、情報共有
・Secretariat(事務局):協議・調整のサポート
→ 欧州政治協力(EPC)の先駆けとなった
欧州政治協力(EPC)
European Political Cooperation(欧州政治協力)
1970年 11月 ミュンヘン:最初の外相会合
※ 超国家的 (supuranational)な枠組みは無く、政府間協力 (intergovernmental)
全会一致(unanimous decision)
1971年 5月 最初の共同声明
→ 特定の政策課題や危機について、共通の立場で行動する意思を表明
1973年 12月 コペンハーゲン報告(第2ダヴィニョン報告)
→ 協力の継続、外相会合は4回/年、COREU(COmmunication REseau Européen)
※ COREUとは欧州通信ネットワーク:加盟国間の公式外交通信をオンラインで行うためのネットワーク、常時通信が可能(テレタイプや専用回線)
1974年 パリサミット
European Council (欧州理事会) 設置提案 ※ 正式決定はせず
単なる経済連合から政治的協調も重視する枠組みへ変革する議論の公式舞台、首脳レベルでの政治的承認の必要性が議論された。
Tindemans Report(Report on European Union)の作成依頼
※ 欧州統合を経済連合から政治的統合へと深化させようという議論の転換点となった文書
1975年 Tindemans Report
・EMUと共通外交政策
・共通政策
・機関の強化
・Two-tier EC(ECの2層構造)
第1層(core group):経済統合・政治協力・外交安全保障政策に積極的に参加する国
第2層(periphery):経済統合は行うが、政治協力や共通外交・安全保障政策などには限定的に参加する国
→ 拡大ECにおいて、統合の「足並みの違い」を制度的に吸収、英国のような慎重派を含めつつ、統合深化を妨げない柔軟な仕組み
ヴェルナー委員会
Werner Committee(ヴェルナー委員会)
・資本市場の統合
・共通通貨
・共通中央銀行
EMUを実現するための3つの段階:
・加盟国通貨の為替レートの変動の制限
・資本の移動の自由
・為替レートは不可逆的に固定
各国の反応:
ドイツ・オランダ → 通貨・為替安定優先
フランス・ベルギー → 経済政策協調優先
1971年 理事会がEMU 設立承認
↓
ニクソンショック
1972年 Basel launching the currency snake
正式には snake in the tunnel と呼ばれることもある
ブレトンウッズ体制の固定相場制が崩壊した結果、欧州内の通貨安定をどう保つかが緊急課題になった
→ 欧州諸国通貨(当初6〜9カ国)間の変動幅を制限し、為替レートの安定を図る
※ トンネル内のヘビのように、ヘビのうねりが欧州諸国通貨間変動幅、トンネル内の変動幅が対ドル為替の変動幅(2国間:±2.25% 対ドル:±4.5%)
仏・西独・ベネルクス3国でスタート → のちにデンマーク、アイルランド
※ 英国は参加せず
ドイツマルク軸 (Deutsche mark):西独、ベルギー、ルクセンブルク、蘭、デンマーク
スネーク参加限定的:仏、伊、英、アイルランド
1978年 Bremen
→ インフレ、石油危機、為替変動の対策協議
1979年 EMS(European Monetary System)の発足
→ 欧州内の為替レートの安定
・ECU(European Currency Unit):仮想的共通通貨で管理
※ 実際の共通通貨ではなく、基準バスケット(トラベラーズチェックに類似)
(基準バスケット:reference basket of currencies)
・ERM (Exchange Rate Mechanism):為替相場メカニズム→為替管理ルール
→ Parallel intervention(並行介入)
※ 複数国の中央銀行が同時に協調して為替介入すること
・European Credit Facilities(欧州信用供与制度):中銀同士の共同の資金貸し借り制度
※ ERM=EMSの柱
3段階にて落ち着く。
Initial Stage(1979-1983)
Stagnation(1983-1987)
Development(1987-1991)
ロメ協定
Lomé Conventions(ロメ協定)
→9EC加盟国と46ACP諸国の貿易・援助・経済協力の枠組み
※ ACP(Africa, Caribbean, Pacific)
・原材料を欧州へ輸出しやすくする
・経済援助・開発支援を提供
・植民地支配の不平等関係を対等に見せる
EC市場へ関税ゼロで輸出可能となるが、ACP諸国の1次産品依存の固定化となり、自律的工業化の道は弱まった。
1つの輸出品目に依存すると、その製品は世界市場の価格に影響されやすい。結果、年によってまちまちとなり、安定しない。
↓
STABEX(System for the Stabilization of Export Earnings):輸出収入安定化制度
→ 農産物の収入が落ちたとき支援
Sysmin(System for Stabilising Mining Income):鉱山資源収入安定化制度
→ 鉱物・鉱山収入が落ちたとき支援
協定は拡大:
Lomé I: signedin 1975
Lomé II: signedin 1979; 9 EC membersand 58 ACP countries
Lomé III: signedin 1984; 10 EC membersand 65 ACP countries
Lomé IV: signedin 1989 (for10 years); 12 EC membersand 68 ACP countries
→ 欧州中心の依存関係構築、必ずしもACPの利益ではなかった
欧州議会
現在の European Parliament (欧州議会)についてまとめるグループワークがセミナーであったので、簡単にまとめておく。
※欧州議会のオフィシャルウェブサイト出典
2025年現在、720議席+議長で、最大750まで。
各国につき、最低6議席から最大96議席まで認められている。
ー補足ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
英国離脱前
欧州議会の定員上限は 751人(+議長) 。
イギリスの議席(73議席)。
英国離脱後
英国離脱後、議員数は 705人 に削減。
英国の73議席のうち:
27議席を他の EU 加盟国に再配分。
46議席はリザーブ(予備)として留保。
将来の拡大(新たな加盟国加入など)や、EU 全体を対象にした超国家選挙区(トランスナショナル・リスト)用に使われる可能性がある。
再配分された議席を受け取ったのは主に 14か国。フランス、スペイン、イタリア、オランダ、アイルランド、スウェーデンなど。
2023年に欧州理事会が、議席数を 705 → 720 議席 に増やす決定。
人口変動(demographic developments)を反映させるため。
議席の追加配分例:フランス +2、スペイン +2、オランダ +2、オーストリア +1、ポーランド +1、デンマーク +1など
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現職の議長はマルタのRoberta Metsola。
欧州市民の声を反映させるため、議員は直接選挙で選ばれる。
欧州議会の3つの役割:
Legislative responsibility
Supervisory responsibility
Budgetary responsibility
欧州議会は国ごとではなく、政策・思想ごとに政党がいる。
THE LEFT (46)
S&D (136)
Greens/EFA (53)
Renew Europe (77)
EPP (188)
ECR (78)
PfE (84)
ESN (26)
Non-attached (33)
最大勢力は欧州人民党(EPP, European People's Party:欧州人民党会派)
※ 中道右派・キリスト教民主主義
過去の投票率:
2019年 50.66%
2024年 50.74%
※ ベルギーやルクセンブルなどのように、選挙が義務となっている国もある
以上、8週目の講義スライド、講義メモ、欧州議会HP、ChatGPTの補足情報にて作成したまとめ。

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